112km中44km地点ですでにDNFが頭によぎり始め到着したMarginedaエイド。だが、ここで一度横になって見たものの、すぐに起き上がり、ノロノロではあるものの準備して再スタートを切った。
なぜかと言うと…少しだけ寝ようか、と思ったところ、目の前に居た日本人男性と目が合った…つまり、ただの見栄っ張り。笑 弱っているところを見られたくなかったので、ここで休憩するのは辞めた、と言うのが正直なところ。笑 まぁそれだけで動けるのだから気持ちだけの問題だ、と鼓舞してスタートした。
だが、一度砕けたココロを直すのは中々つらい。そしてここからが本当の試練の始まりだった。やっと夜が明けて景色が見渡せる時間になったと思ったら、小雨が降りだし、突風そして雷が鳴りだした。
エイドを出てすぐ、7kmで1600m登る区間が始まった。3時間ひたすら上りのみだ。走れるトレイルではあるが、ひたすら上り、ココロがカラダをセーブさせる。それでも、この区間はRondaに出場していた日本人ランナー何名かと出会った。『お、宮﨑さん!』と名前を知ってくださっている方にも出会ったおかげで、走り出してもすぐにその足を止めてしまうココロを何度も鼓舞して走り出すことができた。やっぱり日本語は元気でる…( ;∀;)
ひたすら登り続け、拓けたトレイルに出たところに...突風。風が強くてカラダが持っていかれる。寒くてレインを着て手袋もするが、横風により、流れていた水が顔に命中。手袋もずぶ濡れ、上りで汗をかいたカラダを急激に冷やしていく。ココロがもやもやしてくる中…空が光った。光と音が近い...雷が鳴る中走ったことがない。前に進むのも後ろに戻るのにも遠い。雨脚が強くなり、目の前に落ちる稲妻に完全にココロが折れた。怖い。
レインのフードを被ってできるだけ音を小さくして、前のランナーを追った。フードを被ることで自分の息遣いが大きく聞こえ、焦る気持ちがさらに落ち着かない。涙を堪えながら、必死に走って小さな小さな小屋を見つけて避難した。雨でカラダが冷えるので下のレインも履いた。
後ろを走っていたランナーも小屋に入って来て5名くらいでひっそりしていたが、10分も経たないうちにみんな小屋を出て走り出した。『もう辛いよー』『疲れたよー』とココロで何回も呟き始め、ぽろぽろ涙が落ちてきた。2分だけ目をつぶって、雨が小降りになったところで、私も外に出た。
ぼけーとしているところに、前から見覚えのあるランナーが軽快に下ってきた。
一緒にMiticを出場している丹羽紀行さん(Rondaを走っている丹羽薫さんの旦那さん)だった。『雷怖いよね~、一緒に行こうか』って言ってくれ一緒に動き出すが、ココロは破滅寸前。ノリさんが『薫は今2位みたいだよ~薫も昨年のUTMBで雷鳴って怖かった~って言ってたなぁ~』と鼓舞しくれるのだけど、全然入ってこない…(ノリさんごめんなさい)
泣き姿バレないようにと思っていてもどんどん辛くなって、時々声が漏れながら、ゆっくり前に進んだ。傾斜は緩く走れるトレイルなのに、キロ7くらいで息が上がって、歩いてしまう。目からも鼻からも涙が溢れてきた。ノリさんがちょこちょこ後ろを向きながら引っ張ってくれる。『先に行ってください』と伝えるが、おそらく一人にすると危ないと思ってくれたのだろう『自分もこのペースで行きたいから。次のエイドまでは一緒に行こう』と優しい言葉で連れってくれた。
次のエイド(IIIa:66㎞地点)でやめよう、とココロに決めて、必死に辿り着いた。ノリさんにお礼を言って、一人残った。とりあえず温かいものが食べたいと思い、パスタのゆで汁?みたいなものを2杯もらい、バナナを食べて、床に崩れた。
スタッフのお兄さんが起こしてくれ、きれいなベッドに案内してくれた。必死にカラダを起こして、一旦寝ることにした。『起こそうか?』と聞かれたが(言葉分からないので恐らく)、『アイム、オーケー、サンキュー』と言って横になった。
20分経ってふと目が覚めた。ココロが落ち着いてた。身体を起こして地図を見直すと、次のエイドが2つ目のドロップバックポイントだ。『もう少し頑張ろうかな』と、ふと思った。どちらにしろ、ここで辞めてもしばらくは山を下るまでに時間がかかる。何より、まだアルニカを探せていない。
『アルニカ』とはお花の名前。愛用しているヴェルダのスポーツマッサージオイルのエキスがアルニカ。アンドラに来る前に調べると、アルニカは中・南部ヨーロッパに生息していて、開花時期が7~8月!!アンドラでの一つの楽しみであり、2つ目のミッションが【アルニカのお花を見つけること】だった。
標高2,000m以上じゃないと咲かない高山植物でもあり、この機会を逃すと一生見つけられない気がする。まだアルニカを見つけてない!!
破滅寸前のボロボロのココロをつなぎ留めてくれたのが【アルニカ】。エイドを出るときは雨がまだ降っていたが、次第に止んで、晴れてきた。周辺の景色がよく見える。来た道、これから向かう道がくっきり見えた。後ろを振り返ると、遥か遠くから来たのがよく分かり、前を向いてもその景色は永遠に続く。
『火星にいるみたい』と思ったのは私だけだろう。笑 壊れかけのココロでは、景色がきれい、とは思えず『いつ帰れるのだろうか』しか思えなかった。
でも『次のエイドまで頑張ろう』とは思えた。夕日がすごくきれいで、前に進めと後押ししてくれた。
峠を登りきった所で測定した。息が上がるスピードではなく、高山病の症状は無い。しっかり休んだ後だが、11時間以上動いたことがない未知の時間帯で疲労もたまってきているのだろう。今回の最高峰Comapedrosaよりも脈拍は低いのに、酸欠度も低い。
夕日が沈む前に次のエイドまで行こう。そう思って峠を下ってると、雲がはけ、目の前に花畑が広がった。
今回のアンドラのコースの中で一番ココロが躍った瞬間だった。
ココロが落ち着いた。この区間はたくさんの花が咲いており、いろんな花を写真に収めた。黄色い花を発見するたびに、アルニカかなとガン見した。
写真を撮りながら進んでいたので、後ろから5人グループの男性ランナーが近づいてきた。止まって道を譲ると、みんな話しながら楽しそうに走っている。あぁ、日本に帰ったら、友達とお話しながら登りたいな、日本の仲間を思い出した時、ふと視線を落とした目の前に黄色の花を発見した。
風によって揺れており、がんばれって言ってくれているようだった。アルニカの花言葉は愛嬌。久しぶりに笑顔になれた。しっかり写真を撮り『よし、少しずつでも前に進もう』そう思えた。
2つ目のドロップバッグエイド(Bordes dEnbalira77㎞地点)までは、阿蘇の雰囲気に似ていた。横に牛さんが歩いている中、牧場の横をまっすぐ進んだ。日本の雰囲気に似ていて、力が出てきた。到着したエイドでは『ジャポン!ジャポン!』と声をかけてくれ、嬉しくなり、聞きなれた言葉とエイドのスタッフの方の笑顔ですごくココロが落ち着いた。
なんとか日が沈む前にやって来れ、準備を整える。次のエイドまではココロも持ちそうだ。2回目の夜を向かるので、ドロップバックに入れていたヘッデンと持っていたヘッデンを交換し、寒さ対策にミッドレイヤーをザックに入れた。『よし、もう一山頑張ろう』声に出して奮起した。破滅の危機だったココロをなんとか繋ぎ留め、2回目の夜に向けてスタートを切ったのは22時間経過のころ。
アンドラMitic、3分の2通過。真夜中で再び現れた、泣き虫きみの。ゴールしたい気持ちとは裏腹に、カラダの破滅の危機に立ち向かうことになる。最後に助けてくれたのは…to be continued.