破滅寸前のココロをセロハンテープでペタペタ貼り付け、ひとつずつ前へ、ちょこちょこ走り出した。
残りは35㎞。予想タイムより2時間遅れてはいるが、「まだ大丈夫」と、約束の30時間を目指して動き出した。
レースの前日、MtSNさんに取材をしていただいた。リポーターのリツコさんは、3月に主催させてもらった『Running Girls Festival 〜強く・楽しく・美しく〜 』のイベントでお世話になって以来、ランニングの事以外にもたくさんお話をさせてもらっている。
『目標タイムは30時間』仕事の都合上、30時間を越えると、日本に帰る飛行機が間に合わないため、ゴールを迎えられないというリツコさんから『ギリギリまで待ってるから』と嬉しい言葉をもらっていた。
なんとしてでも約束を守らないと。
夜のアンドラの山は本当に暗いが、ランナーのヘッデンの光がルートを教えてくれる。奥の奥まで光が見えるので、まだ峠をいくつも越えなければならないのが分かる。しかも、その角度がすごすぎる。走れないトレイルではない。でも傾斜が強く、ポールに助けてもらいながら必死に登った。
焦っていたのだろう。30時間の目標に向けてまだ諦めてない気持ちはよかったが、急登を頑張って歩きすぎた。
90㎞地点でアクシデント発生。
レース前半から違和感のあった右膝裏が、かばいながら必死に登ったため悪化した。違和感からはっきりとした痛みとなり、ストレッチを挟みながら進むが、足を曲げられないくらいの激痛に変わった。
92km地点のComs de jan で一度様子を見ることにした。ここのエイドにはたくさんの人が休憩していた。動いているはずだが食べる気がせず、とにかくバナナだけはモリモリ食べた。
周りを見渡すと、テーピングが見えた。スタッフの人に、『エクスキューズ ミー』『ディス(膝の裏を指さし)ペイン』『(テーピングを指さし)プリーズ』とお願いした。救護スタッフの方は優しくて、笑顔で『オーケー!オーケー!』と急いで巻いてくれた。私の拙い英語(英語と言っていいのか…)でも痛みをわかってくれ、適切に処置してくれた。
動かしてみると大丈夫そう『センキュー ベリベリ マッチ』と伝えて、すぐにエイドを出た。でもまた痛みが強くなった。何度も何度も立ち止まり、膝に手を付いて1分だけ目をつぶり自分を励ますことを繰り返した。また涙が止まらなくなり、お尻を着いて葛藤するときもあった。
2日目の夜。眠さも加わり、速度が上がらない。止まることで足が冷えたのか、痛みが増す。足を着くたびに激痛が走る。今度はカラダの破滅の危機だ。そして時間に追われる。約束の30時間が来るのにまだ、ひと山残している。
今回はわたしにとって、人生最大と言ってもいいほどの大冒険。職場の協力もあり長期休みを取らしてもらった。簡単には辞められない。本当に辛くなった時、何度も何度も日本で応援してくれてる皆の顔を思い出した。
これまでは職場でトレイルランニングをしていることを話したくない派で、気楽に送り出してくれるのが好きだった。でも今回は私の中で大冒険だと伝えると、NEUTRALWORKS.TOKYOのみんなが寄せ書きをくれた。さすがにこれには目がウルウルになり、もらった時に素直にお礼を言えなかった。
折れそうなココロを何度も立ち直すが、ラスボスの山が本当に急で、地図が違うのではないか、と思うほど、たくさんの峠を越えた。
あとは下るだけ、最後の山を越えて長い下りに入ったが、下りが一番足の痛みが耐えられない。最後の最後まで苦しみ続け、泣く自分にムカつきながら進んだ。そして、なぜか神様にまで怒ってた。
『ここまで頑張ったのになぜまだイジメるのか...』と。
すると、隣の山から応援してくれる影が見えた。
自分が立ち止まるとその影も止まり、自分が動くと一緒に動いてくれた。それが、鶴と兎と亀。イラストがそのまま横移動するだけだったが、明らかに自分の速度に合わせてくれた。
痛みと闘いながら転げないように集中しすぎたのだろう。後で思うと、ヨーロッパに来ているのに日本の動物が出てくるのもおかしいし、影が見えるなんておかしいが、この時すごく安心した。最後に前へ進むことを辞めなかったのはこの幻想のおかげだ。
最後まで涙だったが、痛みに堪えながら前に進み、夜が明けた。
ゴールゲートが見えた時、感極まりウルウルした。「あーやっと帰ってきた」
スタッフの皆さんにお辞儀をし、少し歩いたところで前から丹羽薫さんに出会った。
「おー!きみのちゃん!よく帰ってきたねー!」
慌てて涙を堪え、笑って言葉を交わした。「薫さん、長かったです」
今回のメインミッション【高所レースではカラダはどう変化していくのか】
いろんな状況があったので、結論はでないが、今回言えること。
『不安な気持ちは一番酸素を奪う』
考えるだけでも酸素は使うんだよ、とスキューバダイビングの選手に聞いたことがある。無心になることで遠くまで潜ることができる、と。
カラダもココロも極限の状態になり、その不安な気持ちに比例して、酸欠度が下がった気がする。まさに、考えすぎた、のだろう。
アンドラの大冒険・完・