キミノの大冒険

Give Shape to the Thought

理想とするキャプテン像を追い続けたのが失敗の原因

今日は大学生の頃の失敗談について。

 

自粛期間中に電話による取材を受け、その内容が昨日アップされました。インタビュアーは昨年の夏一緒に砧公園でトレーニングさせてもらった、お笑い芸人ことM高史さん。

 

k1m1n0.hatenablog.jp

 

取材内容の企画を聞くと、大学での活躍を教えて欲しいと。

 

うーん、私走れてないしな。どーしたもんか🙄

と、長々だらだらと電話取材に付き合ってもらいました笑

 

 成功の裏の失敗談

 

話は、もしドラの本のお話をキッカケにある種の成功体験を語らせてもらったのですが、成功体験の裏にはかなりの失敗体験がありました

 

当時私がキャプテンとして難しい、と感じたのは、走れていないのにどうキャプテンをすれば良いか、と言うことでした。走れていないのに、よくキャプテンを引き受けたな、と思う方もいると思いますが、その話はまた長くなるので、また今度。笑

 

わたしは現実逃避派

 

記事の中で、触れさせてもらったのが、チームで動くとき同じ方向を向きたくても向けなくなってしまう子が出てくること。記事には下のように書かせていただきました。

 

「自分の経験上、故障者はどうしても劣等感を感じやすく、チームから離れやすくなります。そこをどう引き止めていくかが難題でした」

 

 

 

私自身が怪我を4年間何度もしていたこともあり、気持ちは十分わかります。走れない頃は自暴自棄になって暴飲暴食になるし、練習はよくサボって隠れて寝てました。練習終わりの最後の集合時間に合わせて、水道で髪の毛や肩に水を濡らして、走った "フリ" をしてた頃もあります。(もう時効として見過ごしてね笑)

 

ダメな時って、逃げたくなりますよね。私は現実逃避派です。笑

それが悪いとも思っていない重症者。笑

 

そんな時はあるし、凹み切ったら後はジャンプするだけでしょ。って心のどっかで思っているから悪いんだと思います。が、この考えは直らない笑

 

学生には締め切りがある

 

とは言っても、高校や大学と行った学生時代は締め切りがあります。高校なら3年間、大学なら4年間。その決められた中で結果を出すには、ジャンプを待っている暇はありません。しかも、チームで動くのであれば、待ってる。なんて悠長にはできない。

 

私は大学3年生まで、ほぼ怪我で逃げ続けた中で、何とか持ち直し始めたのが、一つ上の先輩のおかげでした。

 

当時、鹿屋体育大学の長距離女子の部員数は少なく、私が入学した時も一つ上の先輩一人しか居ませんでした。その先輩が怖くて笑、本当に努力家の先輩でした。怪我しても、走れていても人前にそれを見せず、黙々とトレーニングに励んでいました。メニューはいつも引っ張ってくれるし、タイムは正確。

 

その姿を見ていると、私は逃られなかった。その先輩のために最後笑って卒業してもらいたくて、3年生のころ奮起してなんとか少し走れるようになりました。

 

理想的なキャプテン像

 

その先輩に教えてもらったのは、背中で魅せるタイプのキャプテン像でした。

 

4年生になりキャプテンとなった私は、意気込んでスタートしましたが、メニューを引っ張るどころか、怪我でほぼ走れない。走れてもBチームの最後尾しかポジションを取れないくらい走れず。魅せるタイプのキャプテン像とは遠く離れ、話を聞くくらいしかできませんでした。

 

そんな中、同級生に言わた言葉「キャプテンには何でも話さないといけないの?

 

これにはかなりダメージを受けました。

 

 

でもおかげで、人には言えるヒトと言えないヒト、言いたいけど言いにくいヒトっているよなと気づくことができたのです。

 

ただそれでもどうゆうキャプテンをすれば良いのか、、、正解がわからず、悩むだけで時間が過ぎ迎えた九州インカレのチームの結果がボロボロで。。。。もうキャプテンを辞めようと思っていました。

 

先輩のひとこと

 

大会が終わり、最後にチームで集まった時、応援に来てくれた卒業した先輩が「キャプテンだって決められないことがあるんだよ」こう言ってくれました。

 

みなさんお気づきの通り、この時私は後輩たちの前で大泣きです笑

 

この先輩の言葉をキッカケに、私の描く理想的なキャプテン像をやめました

 

自分が知っている、見てきたキャプテン像では上手くいかない。理想を追わずに、私ができる事を探さないと。それは何か。必死に考えた時の出会いが、もしドラの本でした。

 

何と著者の岩崎さんにこの出会いの経費が届いたと言うのが、最高のプレゼント。

 

 

成功の裏にあるたくさんの失敗 

いろいろな失敗があり、成功だけを見るとすごく良い思い出ですが、私の小学4年生から大学4年生までの駅伝人生14年間の中で、唯一の成功です。特に高校の時の先輩や同級生、後輩には本当に申し訳ないことをいっぱいしてきました。

 

こうなりたい、こうしたい、こう見てきた、それが一番の足かせになっていたのだな、と気づけました。最近仕事でよく聞く言葉「したい仕事よりも、できる仕事をしろ」って。まさにそうゆうことだったと思います。

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理想は大事、その理想と自分との間の道のりが描けるかがもっと大事

 

今日の結論。

理想と現実が違った、って言う悲しい話じゃなくて、自分の目指すべき先がそこかどうか、wantよりもcanが大事だよって気づけた話。

 

 

ちゃんと振り返らないと成功した理由が見えせこないなと、今回のことをキッカケに気づけました。いつも前ばかり向いて、落ち込んじゃうタイプの私。たまには振り返るものですね。

 

 

 

トレランを始めてから初めての駅伝時代の話を取材してもらいました。

ぜひ見ていただければ嬉しいです。

4years.asahi.com

 

 

 

 

 

 

女性アスリートとして、大学院で学んだ山の運動生理学について、環境問題についても、トレイルランニングを通して得た情報を発信していますので、よかったら下の画像をクリックして応援してください♩

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